新型コロナウイルスがあぶり出す
新しい店のあり方、料理人の生き方

新型コロナウイルスがあぶり出す 新しい店のあり方、料理人の生き方
Text by Sawako Kimijima

報道されない日がないくらい、マスメディアは連日、飲食業界の様子を伝えていた。新型コロナウイルスの直撃がとりわけ厳しかった食の世界。マーケットは制限や分断だらけとなった。しかし、制約は創造の母でもある。新しい気運や萌芽が生まれつつあることも見逃せない。

社会に働きかける力を。

「料理通信」の新型コロナウイルス感染拡大の影響を追う取材は、4月3日、大阪の三ツ星レストラン「HAJIME」米田肇シェフのインタビューから始まった(関連記事:「まだ、できる。まだ、あきらめない。――声を形にして届ける。」)。
米田シェフは有志と共に「政府、自治体に求める飲食店倒産防止対策」の署名を開始。営業自粛に伴う売上減少や休業下でも発生する固定費や雇用者給与への補助を求める活動に身を投じていた。海外で報じられる給与補償や家賃補償といった具体的な政策に対し、日本では当時、自粛要請はされるものの補償は提示されていなかった。原価を高く利を薄く営む中でクオリティを維持する日本の飲食店にとって、補償なき自粛は倒産の危機を意味する。米田シェフの頭をよぎったのは「日本の食文化が失われる。それは絶対に阻止しなければ」との思いだった。

日本人は料理人に職人性を見る。料理一筋な生き方を美徳とする。しかし、新型コロナウイルスは、その価値観を揺さぶったと言っていい。厨房にばかりいてはだめだ。社会の変化に対応する力、社会に働きかける力、社会と連携する力、政治への発言力、店の外にも活動領域を広げなければ生き残れない。そう物語る事態が続く。料理一筋がいけないのではなく、料理一筋の活かし方を変えなければいけないのだ(関連記事:「COVID-19 食まわりの取り組み」)。
シェフたちによる医療機関への食事支援は端的な事例だろう。世界各国で実施され、日本でも「Smile Food Project」をはじめ、いくつもの活動が立ち上がった(関連記事:「飲食の現場から Smile Food Projectが示唆するシェフの力」)。

「Smile Food Project」のお弁当には感謝の気持ちを伝えるクッキーが添えられる。
「Smile Food Project」のお弁当には感謝の気持ちを伝えるクッキーが添えられる。

料理人にできることは何か?

ミラノで2015年に独立し、わずか10カ月でミシュラン一ツ星を獲得した「Ristorante TOKUYOSHI」の徳吉洋二シェフは、3月8日の都市封鎖以降、様々なチャレンジを繰り広げてきた。
「医療従事者への食事支援を行なううちに、初めて手掛けたデリバリーの面白さに目覚め、“弁当”を提供するようになりました。そこからBentōteca(徳吉シェフの造語で弁当屋の意味) として営業しています。弁当とビオワインを楽しめるワインバーですが、実態は、弁当のデリバリーとテイクアウトの開発、スイーツの通販、うどんキット販売、アイスクリーム開発、ビオワインの通販、出張料理など、幅広く取り組んでいます。
コロナによって変わっていくのはレストランやバーのような飲食だけではないはずです。だから、状況の変化に対応できるようにしておきたい。8月末までRistorante TokuyoshiではなくBentōteca としてやっていこうと考えています。たった25席ほどのレストランでも、チームを組めば、こんなにもたくさんのことができるのに、何もやっていなかったと気付きました。少しの努力でできるのに、星付きレストランであることに満足してしまっていた。これからが楽しみでしょうがないですね」

独創的な料理で知られる徳吉洋二シェフによるお弁当。鶏弁やカツ弁も登場。
独創的な料理で知られる徳吉洋二シェフによるお弁当。鶏弁やカツ弁も登場。
医療現場に届けられるお弁当。1カ月以上にわたって継続した。
医療現場に届けられるお弁当。1カ月以上にわたって継続した。
極限状態にある医療従事者にとって何よりの喜び。
極限状態にある医療従事者にとって何よりの喜び。

「脳の神経細胞は10%しか使われていない」と言われる。真偽のほどは定かでないが、いまだ解明されない脳の働きや能力が潜むことは間違いない。もしかしたら、料理人の技能も同様なのではないか? 徳吉シェフの言葉はそう思わせる。
「普通にレストランを開けて、食材を買って、料理を作っているだけでは、なんの役にも立っていないのだとつくづく感じさせられた。コロナのような状況になったら無力です。社会における料理人の役割とは何か、考え続けています。今の段階ではまだ答えが見つかりませんが」
徳吉シェフを突き動かすのは、社会における料理人の役割の探求でもある。

「当たり前と思わないでください」

新型コロナウイルスは「あぶりだし」だ。存在しているにも関わらず、見えていなかったものを浮かび上がらせる。
営業自粛は、飲食店や料理人の存在意義に留まらず、食材の意味もあぶり出した。行き場を失った食材は、代わりの使い道が見出せなければロスになる。行き場がなくとも、畑では野菜が育ち、鶏が卵を産み、乳牛は乳を出す。「食材とは生命体である」との事実を今回ほど強く広く印象付けたこともないだろう。高級食材は暴落。自然界では等価な動植物に人間が勝手に付けた経済価値の脆さを見せ付けた。原材料の調達や販売先を海外に頼る食材の先行きにも不安がつきまとう(関連記事:「ap bank小林武史さんがGREAT FARMERS TO TABLEに込めた想い」、シリーズ・大地からの声)。

ap bankによって立ち上げられた「GREAT FARMERS TO TABLE」は、生産者と食べ手をつなぐプラットフォーム。
ap bankによって立ち上げられた「GREAT FARMERS TO TABLE」は、生産者と食べ手をつなぐプラットフォーム。

5月4日、厚生労働省が発表した「新しい生活様式」では、1.テイクアウトやデリバリーの推奨、2.屋外空間のすすめ、3.大皿提供の回避、4.対面でなく横並び、5.会話は少なく、6.お酌や回し飲みを避ける、など食事に関して6つの項目が挙げられ、飲食店は営業スタイルの見直しを迫られる。横丁の密な賑わい、小体な店で肩寄せ合って差しつ差されつは当面封印を余儀なくされ、狭い厨房で料理人同士がぶつかり合いながら調理する調理場への対処も要る。
レストランのあり方、料理人の生き方、食そのもののあり方、すべてが問われている。

米田シェフたちの呼びかけに対して集まった署名の数、182,439人(5/29現在)。補償に関しては報道の通りだ。
緊急事態宣言が解除された翌5月22日、米田シェフはFacebookに次のように投稿した。
「お店が潰れることなく、雇用が守られた人は自粛が解かれ、また仕事が再スタートになると思います。仕事場に入れば、いつもの日常が待っていることでしょう。しかし、それを当たり前と思わないでください」
本当の勝負はこれからである。

>>Web料理通信の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)特集はこちら

掲載元:転載元:The Cuisine Press|Web料理通信、新型コロナウイルスがあぶり出す 新しい店のあり方、料理人の生き方

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