大地からの声
新型コロナウイルスが教えようとしていること。

「自分に何ができるか、ウンウン唸りながら、ジタバタもがいていた」と語るのは、牛肉卸を生業とする東京宝山の荻澤紀子さん。生産者と飲食店をつなぐ立場ゆえの苦境の中で見えてきたのは、顔の見えるパートナーシップが与えてくれるパワーと未来を育てる生産者への信頼でした(2020年4月下旬取材実施)。

問1 現在の仕事の状況|
自分が扱ってきたものの価値を再発見しています。

4月に入って、一瞬、すべてが止まりました。
シェフたちはみな戸惑い、そして、状況を見極めようとしていたのだと思います。
営業か、休業か? それとも、テイクアウトに取り組むのか? テイクアウトであれば、何を、どんなスタイルで、いくらで提供するのか?
先が読めないから、行動を決められない。発注もできない。その事態に私はどう対処すべきなのか、自分に何ができるのか、ものすごく悩みました。

その間、ずっと心の中を占めていたのは、農家さんたちを不安にさせてはいけないという思いです。
でも、岩手県久慈市「いわて田村牧場」の田村英寛社長と電話で話したら、「こっちは何も変わらないよ。牧場では緑が芽吹いて、仔牛が次々に生まれている」とおっしゃる。熊本のあか牛の生産者、井信行さんも「仔牛がぴょんぴょん飛び跳ねてるよ」とこちらを元気付けてくれる。
田村社長は「東日本大震災の時もそうだった」と言います。「牛に何かあったわけじゃないから」と。BSEや口蹄疫では牛たちが当事者でしたから、あの時を思えばという気持ちがあるのかもしれません。
春が来れば、生命が生まれる。その生命を2年後、3年後の出荷に向けて、粛々と育てていく。牧場には牧場の時間が流れている。牛を育てるって、長いスパンと大きなサイクルの中にあって、生命の営みは止めることができない分、人知の及ばないサイクルに身を委ねるものでもあるのでしょう。

岩手県久慈市「いわて田村牧場」は通年放牧。雪深い冬も牛たちは外で過ごす。
岩手県久慈市「いわて田村牧場」は通年放牧。雪深い冬も牛たちは外で過ごす。

井さんは、「出荷を1,2カ月遅らせるのは全然問題ないから大丈夫」と言ってくださいました。
短角牛やあか牛のように、放牧や粗飼料で育てると、出荷のタイミングの幅が長くとれるという側面があります。牛の生態に添った飼い方をしているから、肥育期間が多少延びても、牛が健康を損なったり、肉質が下がったりしにくいんですね。
地域資源で育てる畜産のあり方が、改めて見直される機会だなと思いました。

今、各国の食料輸出の制限の話も出ています。国内の畜産の大半が頼っている輸入飼料に関して考えると、今後どうなるかはわからないけれど、制限が生じれば、飼料の調達に支障が出る可能性もある。対して、岩手の短角牛は北上高地、熊本のあか牛は阿蘇の広大な草原に放牧して、できるかぎり国産の飼料で育てる畜産ですから、変わることなく継続していけると思うのです。

黒毛和牛ももちろんなくしてはいけないものだけれど、これを機に、和牛のメインストリームにいない牛たちの価値を見直す良い機会になるのではないか。自分が扱っている牛の生産者の仕事には未来がある。その確信は私を勇気付けてくれました。

問2 今、思うこと、考えていること|
顔の見えるつながりに支えられている幸せ。

こんな状況下で営業されたらシェフたちもさぞ負担だろうと想像すると、こちらからは働きかけにくかったのが正直な気持ちです。反面、日頃より自分の行動指針となるような言葉をくださる生産者さんの姿や牛たちを思い浮かべると、今この時にベストを尽くさなかったら失礼だとも思った。
熊本の井さんは「みんなと痛みを分かち合いたい。何をすればいいですか、牛半頭さしあげてもいいですか?」なんておっしゃる。生産者から食べ手まで顔が見えているつながりの中で仕事ができる幸せを感じました。このパートナーシップを信じられるからこそ頑張れる。

シェフたちを同行して熊本の井信行さんを訪問。荻澤さんを挟んで生産者とシェフが結ばれている。
シェフたちを同行して熊本の井信行さんを訪問。荻澤さんを挟んで生産者とシェフが結ばれている。

結局、供給を止めないことが私の役割だ、と。「自分たちは変わりなく牛を育てているから、落ち着いたら使ってください」と生産現場は言ってくれている。やがて落ち着いた時にオーダーするには、今、手元にあるお肉を動かして、シェフたちとのつながりを維持しなければ。
卸先のひとつ「TACUBO」の田窪さんが営業を続ける理由のひとつとして「僕が閉めてしまったら、彼らの食材の行き場がなくなるから」と発言していて、営業が苦手とか尻込みしている場合じゃないと気合が入りました。
とにかく止めるまい。全部がつながって成り立っていたことに気付かされて、歯車を回す、ほんの少しでも役立てるように、アイデアをひねり出そう、ひねり出そうとしています。

問3 シェフや食べ手に伝えたいこと|
時代が変わっても、この価値は変わらない。

今、私は、商材の形を変えて流通させる努力をしています。
レストランが営業形態をテイクアウトへ変えると、求められる部位、サイズ、価格帯は変わります。
通常なら、ヒレ、サーロイン、肩ロースといった、ステーキやローストのように焼いて食べるのに適した部位を5~10kg単位で納品するのですが、テイクアウトの場合は、カレーやハンバーグといった煮込みやお惣菜、ローストビーフなど冷めてもおいしい料理に向く部位で、価格帯も抑えめであることが求められます。外モモ、スネ、バラなどを1kgくらいの小さなポーションで、必要に応じて挽き肉やスライスにしたりして納品しています。
これまで枝肉を挽き肉にするところまでの加工はほとんどしてきませんでした。いかに牛の個性を感じてもらうかに注力してきたので、大きなブロックでシェフに渡し、シェフも肉質をストレートに感じ取れるような調理をしてくださった。
でも今は、出口ありきです。懇意にしていただいている加工業者さんは「何でもやるよ」と言って助けてくれる。同じテイクアウトにするにしても、産地名や生産者名、牛種名をうたえるのはプラスになると、シェフたちが受け止めてくれるし、それが生産者にとっても励みになる。自分が扱う牛たちや生産者を支持してくれるシェフが応援の気持ちで発注してくれているのがわかるだけに、これまでやったことのない売り方へのチャレンジであり、試行錯誤させてもらうチャンスだなって思っています。

ジャージー牛のサツマ君(向かって左。)
4月下旬、埼玉県東松山市「国分牧場」からジャージー牛のサツマ君(向かって左。まだ3カ月齢の頃の写真です)を入荷。31.2カ月齢になって、生体802kg、枝重量455kgの大物に成長。現在、枝で枯らし熟成中でGW明けに加工・出荷予定。

今春生まれた仔牛が出荷される2~3年後、世の中がどうなっているかはわからない。でも、世の中が変わっても、私が取り引きしてきた生産者が育てる牛の価値は変わらないと信じられる。その価値をしっかり伝えていかなければと、覚悟を新たにしています(Web料理通信の連載『大地からの声――1』より転載)。

株式会社 東京宝山
http://www.tokyo-houzan.com/

東京宝山のオンラインショップ
https://tokyohouzan.theshop.jp/

大地からの声
新型コロナウイルスが教えようとしていること。

 

「食はつながり」。新型コロナウイルスの感染拡大は、改めて食の循環の大切さを浮き彫りにしています。

 

作り手-使い手-食べ手のつながりが制限されたり、分断されると、すべての立場の営みが苦境に立たされてしまう。
食材は生きもの。使い手、食べ手へと届かなければ、その生命は生かされない。
料理とは生きる術。その技が食材を生かし、食べ手の心を潤すことを痛感する日々です。
これまで以上に、私たちは、食を「生命の循環」として捉えるようになったと言えるでしょう。

 

と同時に、「生命の循環の源」である生産現場と生産者という存在の重要性が増しています。
4月1日、国連食糧農業機関(FAO)、世界保健機関(WHO)、関連機関の世界貿易機関(WTO)、3機関のトップが連名で共同声明を出し、「食料品の入手可能性への懸念から輸出制限のうねりが起きて国際市場で食料品不足が起きかねない」との警告を発しました。
というのも、世界有数の穀物生産国であるインドやロシアが「国内の備蓄を増やすため」、小麦や米などの輸出量を制限すると発表したからです。
自給率の低い日本にとっては憂慮すべき事態が予測されます。
それにもまして懸念されるのが途上国。世界80か国で食料援助を行なう国連世界食糧計画(WFP)は「食料の生産国が輸出制限を行えば、輸入に頼る国々に重大な影響を及ぼす」と生産国に輸出制限を行わないよう強く求めています。

 

第二次世界大戦後に進行した人為的・工業的な食の生産は、食材や食品を生命として捉えにくくしていたように思います。
人間中心の生産活動に対する反省から、地球全体の様々な生命体の営みを持続可能にする生産活動へと眼差しを転じていた矢先、新型コロナウイルスが「自然界の生命活動に所詮人間は適わない」と思い知らせている、そんな気がしてなりません。
これから先、私たちはどんな「生命の輪」を、「食のつながり」を築いていくべきなのか?
一人ひとりが、自分自身の頭で考えていくために、「生命の循環の源」に立つ生産者の方々の、いま現在の思いに耳を傾けたいと思います。

 

<3つの質問を投げかけています>
問1 現在のお仕事の状況
問2 今、思うこと、考えていること
問3 シェフや食べ手に伝えたいこと

 

>>『大地からの声』を含めた、Web料理通信の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)特集はこちら

転載元:The Cuisine Press|Web料理通信、連載『大地からの声――1』供給を止めないことが私の役割。 株式会社 東京宝山 荻澤紀子さん

PROFILE

 

荻澤紀子

荻澤紀子

牛肉卸を専門とする株式会社東京宝山を営む。岩手県と山形県の5つの牧場主が共同で設立した飼料会社、株式会社 宝山の東京事務所を経て、2015年独立。岩手県の短角牛や熊本県のあか牛といった地域資源の中でサステナブルに育てられる牛を積極的に扱う。ジャージー牛、ブラウンスイス、ガンジー牛など、酪農家に生まれた雄牛の肥育に取り組む埼玉県東松山市「国分牧場」とも懇意にし、高い肉質を持ちながら市場価値の付きにくい牛肉の価値向上に努める。2018年3月取材記事はコチラから。

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