コロナ禍の夜、自分とこの世界にあらためて向き合う。

すべての人にもう一度、この世界へのまなざしを。
Text by Hirokuni Kanki
Photograph by AID /amanaimages [TOP]

豊富なビジュアルとともに、自然と科学の読みものをお届けしているWebマガジン「NATURE & SCIENCE」では、2020年4月、政府の発した「緊急事態宣言」に基づいた外出自粛要請、いわゆる“ステイホーム”中の読者に向けて、特集「コロナ禍の夜に」を企画しました。

植物や動物、暮らしにまつわる情報、エッセイなどのホッとする話題を日替わりでアップ。人気だった過去の記事と併せて40本あまりを掲載した企画では、通常期に比べて8割増のアクセスがありました。

本来の自分を思い出せた自粛期間

SNSで読者に人気があったのは、パンと発酵の歴史をひも解く解説カレーの料理で実践する実験精神身近な植物の芽生えといった、いずれも家で過ごす時間と向き合う内容でした。海外のセレブリティによるインスタグラムへの投稿でも自宅のプランターから発芽する様子などがアップされ、多くの人が身近な自然の神秘に目を向けるようになった期間だったと感じます。

「パンと微生物が歩んだ道のり  小麦と酵母の共同作業」より。
「パンと微生物が歩んだ道のり  小麦と酵母の共同作業」より。 ©︎Natalya Danko / EyeEm /amanaimages

また、『種の起源』の新訳でも知られる東北大学の渡辺政隆さんが綴ったダーウィンと愛犬についてのエッセイは、たくさんの愛犬家の方たちに読んでいただけたようです。人間に最も身近な動物の一つであろう「犬」たちが、困難な日常で多くの人々にとって心の支えとなった。コロナ禍における記憶として刻まれたことでしょう。 これまでの日常が根底からくつがえる経験をしたことで、いったん立ち止まらざるをえなかった私たちは、きっと「いちばん大切にしていたもの」「どんな人生を歩みたかったか」「本当に好きだったのはなにか」といったことに突然、向き合う時間が持てたのだと思います。

「愛犬記  ダーウィンに連なる犬を愛する系譜」より。
「愛犬記  ダーウィンに連なる犬を愛する系譜」より。 ©︎John Alexander/Robert Harding /amanaimages

動物や植物から学べることがある

一方で、最も多く読まれた記事はウイルスそのものを語る内容です。作家・民俗学者の畑中章宏さんによる連載「科学のフォークロア①」では、感染症と民俗学をテーマに、疫病神(やくびょうがみ・えきびょうしん)とウイルスの関係性が語られました。経験でとらえられてきた、目に見えぬ存在としてのウイルス。畑中さんは「長いつき合いを重ねていくなかで交渉の余地がある存在であることを察知していた」と論を展開します。

「疫病神とウイルス  科学のフォークロア①」より、緊急事態宣言下の東京・渋谷(2020年4月)。
「疫病神とウイルス  科学のフォークロア①」より、緊急事態宣言下の東京・渋谷(2020年4月)。 ©︎ZUMA Press/amanaimages

この特集は「医学は科学の歴史より先にある」という立場で、最新の医療情報は掲載しないものの、最先端の動物学やウイルス研究の知見を訊ねたのが東海大学の中川 草さんへのインタビュー「私たちとともにあるウイルスという他者」でした。人間にとっての病原性ばかりクローズアップされがちなウイルスですが、他の生物に感染して増殖するサイクルを回す“生命体”ととらえると、違う世界が見えてくる。自然界のウイルスを通じて、生命の起源と進化にまで迫る内容でした。

「私たちとともにあるウイルスという他者」より、ヒトのDNAシークエンス(配列)。
「私たちとともにあるウイルスという他者」より、ヒトのDNAシークエンス(配列)。 ©︎ Science Photo Library/amanaimages

これから新型コロナウイルスとの共存をはかる社会が、いやおうなく訪れます。人々は自分の身体への関心が高くなり、免疫機能や酵素反応、健康な暮らしにまつわる情報をますます求めるようになるでしょう。もしかすると、動物の個体同士が保っている「社会的な距離」や、植物がむやみに「移動しない戦略」を手本にできるのかもしれません。

世界と謙虚に向き合う研究者の声を

これまで「親しみやすい自然」「守られるべき自然」を主に紹介してきた私たちですが、それにあわせて、今後は「人間にとっての自然は、おそろしい顔も持っている」「人智を超えた未知の世界が、果てしなく広がっている」というメッセージを発する必要も感じました。この世界と謙虚に向き合い、そこから恩恵をあずかるという科学研究のおおもとに立ち返る、そうした研究者たちの声を届けたいと考えます。

2019年、デザイナーの佐藤 卓さんによる「虫展 デザインのお手本」を監修した解剖学者の養老孟司さんは、人間の脳を展示して「環世界(かんせかい:すべての動物はそれぞれ特有の知覚世界をもって生きていて、その主体として行動しているという世界観)」の考え方を紹介しました。その養老さんが、先日ある雑誌のインタビューで、子どもたちへメッセージを寄せました。いわく、世界には大きく分けて「対人の世界」と「対物の世界」がある。今、新型コロナで困っているのは、人への関心で成り立つ「対人の世界」の住人で、虫や花や野山と生きる「対物の世界」は、コロナに影響を受けていない。こうした世界があると知ってほしい、世界は一つだけではない、と言うのです。「世界を狭めているのは、自分自身かもしれない」というメッセージは、子どもにではなく、私たち大人にこそ響くのではないでしょうか。

「デザインの視点で、虫と自然を捉え直す」より、特殊樹脂によって学術研究用につくられた脳の標本と養老氏が寄せた解説文。
「デザインの視点で、虫と自然を捉え直す」より、特殊樹脂によって学術研究用につくられた脳の標本と養老氏が寄せた解説文。(展示協力:Institute of Plastination) Photograph by Honami Kawai

自粛期間に気づいた「本来ありたかった自分」は、新たな日常へ戻ることで、次第に遠のいていくことでしょう。でも「そういえば、昔、自然や科学のことを考えるのが好きだったっけ」と思い出した読者に向け、これからも新しい視線をもたらせるような記事をお届けしたいと考えています。

PROFILE

神吉弘邦
Photograph by Honami Kawai

「NATURE & SCIENCE」編集長
神吉弘邦

「NATURE & SCIENCE」編集長
神吉弘邦

1998年慶應大学SFC卒業。日経BPでパソコン誌編集部の後、カルチャー誌「soltero」(日経BP)、書評誌「recoreco」(メタローグ)の創刊編集を担当。2002年から日英併記のデザイン誌「AXIS」(アクシス)編集部を経て、2010年よりフリー。カルチャー誌、デザイン誌、建築誌、料理誌、テクノロジー誌など、オンラインと紙の両メディアで編集・執筆を行っている。2018年8月よりNATURE & SCIENCE 編集長。
https://nature-and-science.jp/

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