「ガストロノミー」がSDGsを推進する。
未来を拓く“より良い食べ方の探求”

「ガストロノミー」がSDGsを推進する。

近年、「ガストロノミー」という言葉が、食の世界のみならず、一般的に使われるようになりました。と同時に、使われ方が変わってきている、と私たちは感じています。その変化はSDGsの推進と大きく関わっています。2019年11月27日、料理通信社が主催したカンファレンス「食×SDGs -Beyond Sustainability-」での発表を元に、食の最前線を追う中で捉えた「ガストロノミー」という言葉の考察と21世紀の食への提言をお届けします。

「ガストロノミー」という言葉の使われ方の変化

ガストロノミーという言葉を聞いて、どんな光景を思い浮かべるでしょうか?
昨秋話題になったTVドラマ『グランメゾン東京』で展開されたストーリーや光景が典型的なイメージかもしれません。確かにこのドラマの料理監修をしているレストランは、今の日本のガストロノミーを代表するレストランです。

ドラマに登場する2つのライバルレストランの料理監修を行なったのは、東京にある「カンテサンス」と「INUA」。
前者は、『ミシュランガイド東京』刊行以来、三ツ星を13年間キープするフランス料理店、後者は、世界のレストランランキングでトップを4度獲得したコペンハーゲンの「noma」のDNAを受け継ぐレストランです。「INUA」は2020年版のミシュランで二ツ星を獲得しました。

料理通信社では、こうした都市型高級レストランの領域以外にも、ガストロノミーという言葉が使われ始めたことに着目してきました。

まず「ローカル・ガストロノミー」。これは、ライフスタイル提案誌『自遊人』編集長・岩佐十良氏が生み出した言葉で、『自遊人』2017.11月号でローカル・ガストロノミー宣言をしたことに始まります。“自分の住む地域の文化や歴史、自然環境を料理に表現していこう”というものです。


『自遊人』2017.11月号より。「地方のシェフたちが、眠っていた日本の宝を掘り起こす」と岩佐さんは書く。
『自遊人』2017.11月号より。「地方のシェフたちが、眠っていた日本の宝を掘り起こす」と岩佐さんは書く。

そして、昨年6月に開催されたのは「三陸国際ガストロノミー会議」。岩手県・三陸防災復興プロジェクトの一環で、料理人、研究者、ジャーナリスト、生産者が「三陸の食、海と環境」をテーマに語り合うシンポジウム、三陸沿岸13市町村の食材生産者を視察するキャラバン、地元シェフと外部シェフのコラボディナーによって、三陸のポテンシャルを立体的に描き出し、注目を集めました。


「三陸国際ガストロノミー会議」では国内外のシェフやジャーナリストが生産現場を視察。論点はサステナビリティだ。
「三陸国際ガストロノミー会議」では国内外のシェフやジャーナリストが生産現場を視察。論点はサステナビリティだ。 Photograph by  Shimpei Fukazawa

これらの用例から、見えてくるのは、「ガストロノミー」を地域創造の推進力に、という意図です。
食で地域活性を図る施策は、これまでも数多くの自治体で行われてきています。農業や漁業が地元経済の重要な部分を担う地方にとっては必然と言えます。

そこに「ガストロノミー」という言葉を与えることで、経済活性を超えたヴィジョン、領域の広がりや示唆がもたらされる。「ガストロノミー」として打ち出すことによって、より時代性と世界的な視野を示すことができるように思います。

その背景にあるのは、世界でガストロノミーという言葉が使われているシチュエーションの変化です。
2016年12月、国連総会は6月18日を“Sustainable Gastronomy Day”に制定しました。ガストロノミーは、持続可能な開発との相互関係によって、農業開発/食糧安全保障/栄養摂取/持続可能な食料生産/生物多様性の保全を促進する役割を果たせる、との考えからです。

また、スペイン・バスクの州政府と食の教育機関バスク・キュリナリー・センターが展開する活動のキャッチフレーズは“Transforming Society Through Gastronomy”、“The Social Power of Gastronomy”。ガストロノミーには社会を変える力がある。世界のベストレストラン50で1位に輝いたイタリア・モデナのレストラン『オステリア・フランチェスカーナ』のシェフ、マッシモ・ボットゥーラが立ち上げた活動、廃棄食材で料理を作って貧しい人々に提供するレフェットリオが注目を集めましたが、これらの事象は “Social Gastronomy”が世界的なガストロノミーの潮流となっていることを示しています。


ガストロノミーで社会に変革を起した料理人に活動資金1500ユーロを与えるバスク・キュリナリー・ワールド・プライズは世界のトップシェフによって選考される。
ガストロノミーで社会に変革を起した料理人に活動資金1500ユーロを与えるバスク・キュリナリー・ワールド・プライズは世界のトップシェフによって選考される。

「ガストロノミー」が学問になる

ガストロノミーが社会変革と密接な関係を持ち始めている例証として、ガストロノミーを学問として捉える動きも挙げられます。
2004年、イタリアのピエモンテ州にUniversity of Gstronomic Sciencesという大学が創立されました。食から歴史・経済・農業・人類学などを学際的に学ぶ大学です。

日本では2018年、立命館大学に「食マネジメント学部」が開設されていますが、英語での学部名はCollege of Gastronomy Management。その趣旨は、“人間・社会の最も根源的な活動である「食」を、人文科学・社会科学・自然科学の領域から総合的・包括的に学ぶ学部”。

食に関する知識の集積と研究、有能な専門家の育成によって、食文化が農業・食品産業・外食産業・地域経済・芸術など様々な領域の革新の原動力となり、新たなビジネスやプロジェクトを生み出していく時代に入っていると痛感します。


「ガストロノミー」の再定義

ここで、「ガストロノミー」という言葉が意味するところの確認です。
ガストロノミーという言葉は、これまで主に「美食学」や「美食術」と訳されてきました。

辻静雄料理教育研究所の八木尚子さんによれば、ガスロノミーとは「食べることに社会的・文化的価値を認め、食卓の洗練を追求する中で培われたフランス特有の美食文化がベース」と断わった上で、「ただし、現代では広く食文化、食に関わる総合的学問といった意味合いでも使われるようになっている」と語ります。

つまり、食材の生産、その根幹となる資源や環境への配慮、流通・加工・調理技術、食卓上の表現、サービスやマナー、すべてをひっくるめて「より良い食べ方の探求」をガストロノミーと捉えるのが現代的解釈と言えそうです。
自然に必要以上の負荷をかけず、動植物本来の生態に沿うように食材を生産する、その特性を生かすように加工・調理する、食べ手の五感を喜ばせるようにもてなす……ガストロノミーには未来や世界と対峙する意志がある、と思います。


SDGsとガストロノミー

SDGsとガストロノミーの関係を考えてみましょう。
SDGsとはご存じのように、Sustainable Development Goalsですが、言葉の普及と共に「SDGs」という略語でのみ語られている実態があります。SDGsと17のゴールが標語のように語られ、17のゴールが一人歩きしそうな懸念もある。

Sustainable(持続可能な)、Development(開発)、Goals(目標)――地球全体で目指すべき到達点としてゴールの設定が必要とはいえ、一人ひとりの活動の考え方としてまず大切なのはSD、Sustainable=持続可能な、Development=開発です。

前述のように、“ガストロノミー=より良い食べ方の探求”の中身が“自然に必要以上の負荷をかけず、動植物本来の生態に沿うように食材を生産する、その特性を生かすように加工・調理する、食べ手の五感を喜ばせるようにもてなす……”であるならば、そこには当然“持続可能な開発であるかどうか”が内包されてきます。
ガストロノミーの考え方を持つことは、今、世界的に求められる行為であると言えるでしょう。


ガストロノミーの21世紀的なあり方

これからのガストロノミーとして挙げたい事例を、料理通信社の取材の中からご紹介しましょう。ソーシャル・ガストロノミーという言葉が示すように、テーブルを超えて社会とのつながりの中で捉えていくのが、これからのガストロノミーのあり方です。

1)食材ヒエラルキーに縛られない

人間にとってのおいしさを追い求める余り、環境や作物、家畜自体に負荷をかけていた生産方法が従来あったのは事実です。それらの中には高価でヒエラルキーの上位に位置していた食材も少なくありません。その事実を見直し、既存の食材ヒエラルキーに縛られずに、サステナブルな生産・流通による食材を選ぶことが大切です。

◎多様な牛種や経産牛を価値化する「東京宝山」
◎多様な牛種や経産牛を価値化する「東京宝山」
放牧で飼育する褐毛和種(いわて短角牛や熊本あか牛)、乳用種(ジャージー牛、ガンジー牛など)の雄牛を肉牛として流通させる、交雑種(ジャージー×黒毛、ブラウンスイス×ジャージー、など)の可能性を見出す。
◎雑魚の価値を上げる「北海シェフ協会」(ベルギー)
◎雑魚の価値を上げる「北海シェフ協会」(ベルギー)
網に掛かりながら捨てられていた雑魚の活用を図り、雑魚ほど地域色を表現できるとしてレストランでオンメニューして価値化。流通企業と連携して、市場へ流通させ、広く販売するほか、レシピ開発、イベント参加、メディア出演などによって雑魚の認知向上を図る。海洋資源問題への意識喚起を図る。

2)生きものとして捉える

アニマルウェルフェアという言葉が広まりつつあるように、生態、生育環境、流通、調理法、調理後まで関与・完結させる食材生産を意識する生産者が増えています。

◎乳牛の一生を追って丸ごと使い切る酪農「森林ノ牧場」(栃木県那須町)
すべての牛に名前をつけて牛の個性を尊重、乳を出さない雄の仔牛は食肉として卸す、乳牛の役目を終えた牛の肉は「いのちのミートソース」という名称の食品に、屠畜後の皮は名刺入れ、ペンケース、キーホルダーなどに仕立てる。
◎乳牛の一生を追って丸ごと使い切る酪農「森林ノ牧場」(栃木県那須町)
すべての牛に名前をつけて牛の個性を尊重、乳を出さない雄の仔牛は食肉として卸す、乳牛の役目を終えた牛の肉は「いのちのミートソース」という名称の食品に、屠畜後の皮は名刺入れ、ペンケース、キーホルダーなどに仕立てる。
 ◎トータルに活用する牧羊「いわて羊」(岩手県)
◎トータルに活用する牧羊「いわて羊」(岩手県)
岩手県の奥州市や一関市では、耕作放棄地の草刈り役として羊を飼育、高齢者でもできる小規模の粗放的農業、生まれた仔羊はラム肉、親羊も経産マトンとして出荷、刈り取った毛はフェルトや毛織物作家が購入して作品に。Photograph by Yasuhiro Yahata

3)食空間を自由に発想する

ここ数年で自然を食空間とする動きが活発化。設備の豪華さが豊かさとは限らない、という価値観が台頭しつつあります。自然を食空間とすることで、土地の魅力に気付くといった効果も。わびさびの思想を持つ日本人が得意とする価値の切り拓き方と言えます。

◎地方創生のためのキッチントラック「Goodman KITCHEN」
◎地方創生のためのキッチントラック「Goodman KITCHEN」
土地の魅力を体感させることを目的として、6人のダブルワーカーが立ち上げたキッチントラックは、レストランの厨房並みのハイスペックな調理機器を装備、シェフを起用したイベントも、参加者自ら調理する食事会にも。Photograph by Masahiro Goda
◎自然景観をダイニングにする “Fine do-it-yourself Dining”
◎自然景観をダイニングにする “Fine do-it-yourself Dining”
スウェーデン観光局の“The Edible country”というキャンペーンでは、スウェーデン国内13カ所の森林、群島、海沿いにテーブルと椅子が設置されていて食空間にできる。自分たちで採取したキノコやハーブ、釣った魚などを、4人の星付きシェフによるレシピを参考にその場で調理。テーブル使用料は無料。調理キット、料理人、フォーレージ(野摘み)ガイドなどはオプション。 Photograph by Tina Stafren 『料理通信』2019年10月号より

4)継承する仕組みを作る

高齢化と人口減少が進行する状況下、従来型ではない文化や伝統の継承が求められています。家族内での継承や村内での継承がむずかしいため、外部の人間に伝え継ぐ仕組みを作る活動が始まっています。

◎地方の食文化を都市へ伝える「dたべる研究所」(東京・奥沢)
◎地方の食文化を都市へ伝える「dたべる研究所」(東京・奥沢)
D&DEPARTMENTが運営する、日本各地47都道府県の食文化を味わえる食堂。県ごとの旅ガイドを制作し続けてきた中で蓄積された知見がベース。郷土料理を家族や村の中で伝承するのはもはや困難。都市の住民へ手渡そうと考えたことがきっかけ。生産者と食卓を囲む勉強会、土地の知恵を身につける料理教室なども開催。
◎島の文化をホテルの畑が継承する「星のや竹富島」(沖縄・竹富島)
◎島の文化をホテルの畑が継承する「星のや竹富島」(沖縄・竹富島)
沖縄の竹富島にある「星のや竹富島」では、島で栽培者が減少した作物をホテルの畑で栽培。島最大の祭に不可欠な作物、粟を栽培して祭りで奉納する。在来種の大豆の復活を図るという取り組みも。Photograph by Shinya Morimoto

5)都市より地方

ガストロノミーが、先に述べたように「食材の生産、その根幹となる資源や環境への配慮、流通・加工・調理技術、食卓上の表現、サービスやマナー、すべてをひっくるめてより良い食べ方の追求」とするならば、自然環境と生産現場を持つ地方のほうがトータルでガストロノミーを実践・表現できると言えるでしょう。栽培や飼育のみならず、森、川、海を食材調達の場とする「採集」であったり、最近とみに注目される「在来種」の継承だったり、“風土×食材×菌×気候×人”の上に成立する「発酵」への取り組みだったり、ガストロノミー拠点は地方へ向かう側面があります。

◎ローカル・ガストロノミー発信源「里山十帖」 (新潟県南魚沼市)
◎ローカル・ガストロノミー発信源「里山十帖」(新潟県南魚沼市)
新潟の風土、魚沼の自然環境を活かした宿の運営を通して、サステナブルな暮らし方を提案、地元の農家、加工業者、飲食店をローカル・ガストロノミーのプレイヤーと捉え、在来種の発掘と継承に光を当てる。“在来種=財産”を表現する料理を提供。
◎種、栽培、発酵、熟成、土着のガストロノミー「とおの屋 要」(岩手県遠野市)
◎種、栽培、発酵、熟成、土着のガストロノミー「とおの屋 要」(岩手県遠野市)
自家栽培する地品種の米「遠野1号」を伝統的製法(生酛・水酛)でどぶろく造り、発酵や熟成の独自的探求を生かした料理を提供するオーベルジュ。土、菌、種、人が描き出す唯一無二の日本のガストロノミー。

ガストロノミーを推進力に

大阪のレストラン「HAJIME」のオーナーシェフ米田肇さんは、地球上の生命の循環を「地球」と題した料理で表現しています。メッセージを料理として皿の中に込めるのが従来の料理人の表現法でしたが、米田さんはガストロノミーを次のように独自に展開させて捉えています。

1.レストランガストロノミー
2.インスタレーションガストロノミー
3.メディカルガストロノミー
4.シンギュラリティガストロノミー
5.スペースガストロノミー

ジャンルを超えた様々な事柄の連関の中で課題解決を図る時代に、「ガストロノミー」という言葉と概念が多領域を結び付け、取り組みを推進していく。だからこそ、国連は「Sustainable Gastronomy Day」を設置しているのだと言えるでしょう。

すべての人間が1日3度行なう、「食べる」という日々の身近な行為をどう行使すべきか。“ガストロノミー=より良き食べ方の探求”という視点が、地球を変える力を持つことは間違いありません。

MEDIA

料理通信

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食のオピニオンリーダーたちのアンテナを刺激する雑誌『料理通信』の刊行、“食で未来をつくる・食の未来を考える”をテーマにしたWEBサイト「The Cuisine Press」、食を取り巻く社会課題に向き合うアクションを行う活動体「or WASTE?」を運営。“シンクタンク機能を持つ食のメディア”として、食コミュニケーションに貢献します。