ウイルスも自然の一部―南米アマゾンに学ぶ「多様性」との向き合い方

南米アマゾン 熱帯雨林に学ぶ「多様性」との向き合い方 自然写真家・山口大志さんインタビュー
Text by Sachiko Takahashi
Photographs by Hiroshi Yamaguchi

世界中を席巻する新型コロナウイルス感染症。それは人類にとって未知の敵のようにも見えるが、見方を変えれば、自然の「多様性」の一つの形でしかない。今後は、この新しいウイルスと人類は共存の道を歩むほかないだろう。今までの常識と、これからの常識。何をどのように考えればいいのだろうか。長年にわたり南米アマゾンの熱帯雨林で撮影を続けている写真家・山口大志(やまぐちひろし)さんのお話に、今の状況を捉え直すためのヒントがあった。その自然の見方、考え方を紹介したい。

「南米アマゾン」と聞けば、だれもが大河アマゾン川とその流域に広がる熱帯雨林を思い浮かべることだろう。ただ、そのとてつもないスケール感に、実際に行ったことのある人でない限り、地理的な具体性を持ってその地をイメージすることは難しいのではないだろうか。
それもそのはずで、アマゾン川はブラジル、ペルーを始め、ボリビア、コロンビア、ベネズエラ、エクアドルの6カ国にまたがっている。1000を超える支流が本流へと流れ込み、その全長は6300kmから6800kmまで、解釈により諸説ある。

雨季のアマゾン川をセスナから空撮。増水期には、川に浸かった森がつながって続く。日本とはスケールの違う雄大な自然がここにある。
雨季のアマゾン川をセスナから空撮。増水期には、川に浸かった森がつながって続く。日本とはスケールの違う雄大な自然がここにある

流域を覆うジャングルは深い。その面積は550万平米と言われているが、数字を聞いたところでまったくぴんとこない。ちなみに日本列島の総面積は約38万平米。試しにgoogle mapの衛星写真で南米大陸を見てみると、大陸の北側ほぼ3分の1ほどが濃い緑色に覆われているのがわかるはずだ。

そんなつかみどころがないほど広大な南米アマゾンを、一人撮り続ける写真家が山口大志さんだ。幼い頃から自然に親しみ、野鳥や昆虫に囲まれて育った。少年時代に夢中になった熱帯魚がアマゾン原産であることを知り、いつか大河で泳ぐ魚たちの姿を自分自身の目で確かめてみたいと夢見るようになったという。

自然に関わる仕事がしたいと、西表島でイリオモテヤマネコなど野生生物の保護・観察施設での職に就いたのは19歳の時。仕事をしながら撮影の腕も磨き、資金を貯めた。7年後の2000年、ついに憧れの大地・南米ブラジルの土を踏んだ。

南米アマゾンのジャングルは人間の小ささを痛感させてくれた

初めて飛行機の窓から目にしたアマゾン。その印象を山口さんはこう語る。
「あまりのスケール感に、なんやこれは!? 無理だ! と感じました。ジャングルに行けば金属光沢を放つ青いモルフォチョウが舞い、川には憧れのアロワナやエンゼルフィッシュが泳ぎ回り……と想像していたけれど、いざ現地に降り立ってみると、いるにはいるんですが、思いのままに撮影できるほど頻繁に出会えるわけではない。それ以上に周囲の自然に迫力がありすぎる。それは極めつけの広さ、奥深さでした。人間の小ささをこんなにも感じさせる自然ってあるだろうか? と思いました」。

そんな、人間の存在を圧倒するかのような「緑色の洪水」への畏怖は、以後何度訪れても一向に消えることはないという。
「今でも来るたびに不安に襲われますよ(笑)。果たして目的の生物を探し当てることができるのだろうかという不安、今回はどんな写真が撮れるのだろうかという期待、そして呑み込まれそうほどに豊かな自然への感動。でも帰る時には、やっぱりアマゾンはすごい、何も撮れなかったとしても来て良かった、また必ず来たいと思ってしまうんです」。

アマゾンとの“衝撃の初対面”を果たした翌年からは、縁あって自然写真家・三好和義氏に師事。以後4年半の間はアマゾンへの思いを封印し、撮影助手としての業務に専念した。助手時代には自分のための撮影をする余裕はほとんどなく、表現したいというフラストレーションが溜まっていた山口さんは、写真家として独立し自分のテーマを持つために、今度は半年間の予定でもう一度アマゾンを目指した。

ネグロ川のアマゾンカワイルカ。しなやかな体でいつもゆったりと泳ぐ。水が赤いのは、大量の沈んだ落ち葉からエキスが滲み出たものだ
ネグロ川のアマゾンカワイルカ。しなやかな体でいつもゆったりと泳ぐ。水が赤いのは、大量の沈んだ落ち葉からエキスが滲み出たものだ

アクセスも効率も悪い。だからこそ残された自然がある

アマゾン川への入口にあたる町、ブラジル・マナウスへは、飛行機を乗り継ぎ日本から30時間ほどかかる。そこで滞在中の食料や燃料を調達し、船をチャーターして川の上流部の村を目指す。目的地へ到着するのは、日本を出発してから4、5日後だ。

毎回、撮影機材や食料、着替えなどを詰め込んだ4つのスーツケース、そして自分の前後に2つのバックパックを背負い抱えて船に乗り込むという。とはいえ、今は当時と異なりミラーレスカメラの機能も充実している。少しは荷物が減って楽になったのだろうか。

「ミラーレスではちょっと不安なんです。過酷な環境なので、カメラは堅牢性重視ですね。バッテリー持続時間の問題もあり、軽量性は二の次。丈夫で長持ちな一眼レフを使っています。あとは赤外線センサーを使った撮影のための機材や、水中撮影用のハウジング(防水カバー)、望遠レンズなど、やっぱり希少なシャッターチャンスを逃さないようにしようと思うと、結局すごい物量になってしまうんです」。

あまりにも荷物が多いと、見るからに目立つように思えるが、リスクはないのだろうか。
「中南米の犯罪率は日本の約70倍。危険はもちろんありますよ。でも幸運なことに、被害に遭ったことは一度もないです。街中には行かないし、村は良い人が多い。荷物は鍵のかかる友達の家に置かせてもらったり、一応のセキュリティをいつも考えています」。

樹上のシロウアカリ。その奇妙な姿は、一度見れば忘れられない。「カカカッカカッ」と微かな声で鳴く。その声を頼りに密林のなかから探し出した。
樹上のシロウアカリ。このサルの奇妙な姿は、一度見れば忘れられない。「カカカッカカッ」と微かな声で鳴く。その声を頼りに密林のなかから探し出した

安全にももちろん配慮するが、撮影では信頼できるガイドを見つけることが一番大切だ、と山口さんは言う。「最初のうちは日系人の知り合いの伝てなどから、人を紹介してもらっていました。そこからさらに、魚を見たい時は漁師に聞いたり、昆虫を撮りに行きたい時は、標本用に売買される昆虫採集をしている人に連れて行ってもらったり」。

撮影したい生きものについて尋ね歩く日々。「以前は『サイズはこれくらいで、尻尾がこんな形になっている魚』とか身ぶり手ぶりの手探り状態でした。でも今はスマートフォンがあるから意思の疎通は早いですよ。写真ですぐに見せられますから」。

俺の村にいるよ、なんていう返事にも、手放しには喜べない。「ふたを開けてみれば、5年前にチラッと見かけただけだったり。雨季と乾季によって環境も変わります。初めの頃は曖昧な情報に振り回されたし、取材が空振りに終わることもありました。何しろ、太平洋に浮かぶスイカを探しているようなものでとても撮影の効率が悪いのです。でも行けば何かしらのネタは拾えますし、行ってみて経験したことから学んでいくしかないんですよね」。

交通網の発達していないアマゾンでは、飛行機、車、船を駆使し、最後には歩いて目的地まで行くしかない。年間で2~4ヶ月かけて取材をする山口さんだが、そうした経験を積み重ねるうちに、情報の見極め方が上達し、効率のいい時間と取材費の使い方が分かるようになったそうだ。


アマゾンの珍蝶、アグリアス・ベアティフィカ。アマゾンで最も美しい蝶のひとつ。普段は樹冠に棲んでいるが、腐った牛の血を置くとそれを吸いに降りてくる。
アマゾンの珍蝶、アグリアス・ベアティフィカ。アマゾンで最も美しい蝶のひとつ。普段は樹冠に棲んでいるが、腐った牛の血を置くとそれを吸いに降りてくる

訪れる村は観光地ではなく、宿のない地域も多い。「交渉して、ガイドの家に泊めてもらうこともあります。この蝶(上の写真)を撮った時もそうでした。なかなかお目にかかれない蝶だったので長期取材を覚悟して、ガイドに『あなたの家に泊めてくれないか。食事付きで』とお願いして。その家には電気やガスはおろか水道もありませんでした。家の屋根は崩れかけていたし、窓にガラスが入っているわけでもない。でも、床があるだけでもありがたかった。食事は毎回白飯とパンが一つ。さすがに塩分がないと無理だと思い、ペットボトルに入れた燃料用の灯油を薪にかけて火を付け、お湯を沸かして毎日ラーメンを食べていました」。

圧倒的な自然の裏でも、環境問題は進んでいる

文明の恩恵を十分に受けているとは言いがたいジャングルの奥地での人々の暮らし。その分自然の豊かさだけは確保されているのかと思うが、問題も起きている。
「ペルーアマゾンの上流部では、小型飛行機で熱帯雨林の上を飛ぶと、時々、森林が剥ぎ取られたように四角く茶色い地面がむき出しになっている場所を見かけます。金を採掘していると現地で聞きました。周囲一面が緑の海ですからその穴は小さく見えますが、翌年行くと10倍くらいの面積に広がっている。ほんのわずかしか見つからない金のためにジャングルを伐採し土壌を破壊してしまう。そして金の精錬のためには水銀を使います。母なる大地が汚染されてしまうのです」。

そんな風にして採掘された金が、アクセサリーになって流通していると知ってから、山口さんはデパートに売られている宝飾品を見るたびやりきれない思いに襲われるという。妻には 「もう指輪の類いは一生買わない」と伝えているそうだ。
またブラジル側では、ジャングルだった場所が見渡す限りのトウモロコシ畑に変わるなど、その変化は熱帯雨林が広大すぎるがゆえ目には見えにくいが、生きものたちが暮らす環境は確実に脅かされている。

小競り合いをするアオミミハチドリ。蜜場をめぐり、飛びながら喧嘩をする。目の横の紫色の飾り羽が立ち、興奮した様子がうかがえる。このような撮影には1ヵ月以上を要した。
小競り合いをするアオミミハチドリ。蜜場をめぐり、飛びながら喧嘩をしているところ。このような決定的なチャンスを捉える撮影には、1ヵ月以上の観察を要する。

今、世界中に蔓延している新型コロナウイルス感染症は、環境問題と無関係ではない。経済活動を優先し、人間が欲しいままに自然を利用し破壊してきたツケの一つとも言えるだろう。開発によりすみかやエサを奪われた生きものたちは、やむを得ず人間の生活圏に姿を現すことになる。これまでも家畜と野生動物が接触することにより、鳥インフルエンザウイルスやエボラ出血熱など、未知の病原体が人類に影響をもたらしてきた。

熱帯雨林の動植物は新薬開発にも利用され人類に多大な恩恵を与えてくれている。それでも、森林破壊は進む一方に見える。圧倒的な自然、その裏で進む環境問題を目の当たりにしてきた山口さんは、どう捉えているのだろうか。

「よく、『生物多様性が大切』と言われますよね。もちろん生態系や食物連鎖など、仕組みとしての多様性の重要度は頭では理解できます。でも、どうして生きものは大切なのか? 私自身、モヤモヤしている部分もありました。
最近、国内外のフィールドを観て、ふと気づいたのがたくさんの種類の生きものがいる環境は、空気、水、土が健全だということ。この3つは人間の健康と衣食住にも関わっています。つまり人間に必要なライフラインは生きものたちが作り出し、私たちにも提供されているわけですね。うまく調和が取れているのです。ところが、今の私たちの暮らしはどうでしょうか。経済のために自然を破壊した結果、PM2.5や花粉症に悩まされて空気清浄機を使い、プラスチックに入った水を買い、土に化学肥料を投入して作った作物を食べる。本来なら当たり前に手に入るはずの空気や水や土に余計にお金を使っていませんか。そのお金は、働いて稼いだ大切な人生の時間でしょう。何だか本末転倒ですよね。単純な言い方かも知れませんが、根本はそういうところだと考えています」。

人は、自分たちが暮らす社会の仕組みを常識として捉え、疑問を持つことは少ない。しかし今回のコロナ禍には、強制的に時間の流れを変え、自分の常識を疑う機会を与えられた。今までのように経済を最優先する社会に、ある種の疑問を抱く人も多かったはずだ。
日本と、南米アマゾン。ほぼ地球の裏側に位置する場所を往復し続ける山口さんは、ある意味、つねに常識を外側から眺めてきた写真家だと言えるだろう。

山口さんは最後にこう言った。「アマゾンも自然だし、ウイルスだって自然の一部。感染に強い人と弱い人があるのは仕方がないと思います。ジャングルに暮らすインディオ先住民にとっては大きな猛威でしょう。心配ですね。しかし、その一方ではコロナによって人間の経済活動が停止した結果、傷ついた環境が快方に向かっているのも興味深いです。例えば、現地ブラジルのマナウスやペルーのクスコに住む知人からは、街の空気が清潔になった。エコツアーの旅行者で騒がしかったジャングルには、鳥や猿たちがまた戻ってきたと聞いています。私たちが今『自然と共に生きる』とはどういうことなのか。コロナ禍は、人間が進むべき道を考えるいい機会ではないでしょうか」。

PROFILE

山口大志

山口大志

山口大志

1975年、佐賀県唐津市生まれ。環境省西表野生生物保護センターに非常勤勤務後、写真家三好和義に師事。2008年よりフリーとなる。2010年、オーストラリア、ウーメラ砂漠で、小惑星探査機「はやぶさ」が地球へ帰還する決定的瞬間を記録。この頃から本格的にアマゾンに取り組み、水中から樹上まで豊かな生物相に向き合い、生命の連鎖をテーマに撮影を続ける。写真集に『アマゾンー密林の時間』(クレヴィス)、写真絵本に『南米アマゾンー土を食う動物たち』(月刊たくさんのふしぎ・福音館書店)がある。
http://hiroshi-yamaguchi.com/

MEDIA

PASHADELIC

PASHADELIC

PASHADELICとは、“写真ライフをもっと楽しく“をミッションにした、絶景写真を撮影するためのコミュニケーションプラットフォームです。世界中のフォトグラファーと美しい風景写真を共有し、撮影の奥深さや楽しさを発信し続けています。