朽ちゆく鉄道遺構「タウシュベツ川橋梁」が見られなくなる日

記憶すべき文化財 タウシュベツ川橋梁を撮り続けた写真家の想い
Text & Photographs by Ryoji Iwasaki

北海道在住の写真家、岩崎量示さんは、クラウドファンディングで支援者を集めて2019年12月に写真集『裏タウシュベツ拾遺』を上梓した。これまでもタウシュベツ川橋梁をテーマにした写真集を3冊出版し、その行く末を見守り続けている岩崎さんに、あらためてタウシュベツの魅力や、橋の歴史について寄稿していただいた。

タウシュベツ川橋梁とは

北海道のほぼ中央、大雪山国立公園に位置する糠平湖のほとりに、朽ちたコンクリートアーチ橋が残っている。かつて国鉄の鉄道橋として使われたタウシュベツ川橋梁だ。

一つのアーチの直径が10メートル、それを11連ねた全長は130メートルになる。この橋が建設されたのは1937(昭和12)年。増加する木材需要を背景に、山間部で切り出した材木を運び出すことを主な目的に敷設された国鉄士幌線(帯広—十勝三股、1987(62)年廃線)のルートに架けられた。

山奥深くでの難工事の末に造られた橋ながら、実際に鉄道橋として使われた期間は短い。同所に水力発電用のダム湖・糠平湖が造られたことで、1955(30)年、水に沈むタウシュベツ川橋梁からは線路が撤去され、その役目を終えた。鉄路自体は同年に湖の対岸へと移設されている。

ダム建設に伴って湖底に沈んだきりの建造物というだけならば、タウシュベツ川橋梁が現在ほどの耳目を集めることはなかったはずだ。しかし、この橋は1年を通じて水没と出現とを今も繰り返す。

寒さが厳しい北海道では冬季の電力需要が大きい。そのため、発電に水を供する糠平湖では秋の終わりころにもっとも水位が高く、冬の発電に応じて下がり続ける水位は春先にもっとも低くなる。年間を通じた水位の高低差はおおよそ30メートル。タウシュベツ川橋梁はその環境の下で、冬に少しずつ姿を現しては、夏に水へと沈んでいく。

11のアーチがひとつながりとなっている様はもうすぐ見納めだろうか
11のアーチがひとつながりとなっている様はもうすぐ見納めだろうか @PASHADELIC press

「橋の最後の2、3年」を記録するはずが……

僕がこの橋の写真を撮り始めたのは2005年の夏のことだった。

コンクリートの劣化が進み、ここ数年は毎年のように「今年で見納めでは」とメディアで取り上げられるタウシュベツ川橋梁。けれど、実は当時から変わらず「あと2、3年で崩れるだろう」と言われていたものだ。

その年、北海道好きが高じて埼玉県から北海道の糠平(現ぬかびら源泉郷)へ移り住んだばかりだった僕は、間もなく崩れると言われている橋を誰かが記録しておくべきだと考えた。その頃の橋は、けして多くの人たちが訪れる場所ではなく、また定期的に写真を撮り続けている人もいないようだった。

誰にも知られずに崩れ落ちていく橋。崩落を止めることはできないとしても、何も痕跡が残らないのは惜しい。崩落していく橋の最後の数年間を、地元に暮らす人間が写真で記録する。このアイデアは悪くないように思い、僕は「橋の最後の2、3年」を記録するために写真を撮り始めた。

結果的には、橋は2019年末現在も変わらずに立っている。2、3年のつもりで撮り始めた記録も、もう15年目に入った。

橋から崩れ落ちた石や砂のほとんどは元々この土地にあったものだ
橋から崩れ落ちた石や砂のほとんどは元々この土地にあったものだ @PASHADELIC press

なぜ、この場所に美しい橋が造られたのか

当初は物珍しさが先走っていた橋への印象も、被写体として撮り続け、その背景を知るようになってだいぶ変わってきたように思う。

例えば、見栄えのするアーチ構造。旧国鉄士幌線には、タウシュベツ川橋梁だけでなく多くのコンクリートアーチ橋が架けられた。なぜ人目に触れる機会がそれほど多いとは思えない国立公園の山中に、デザイン性の高いアーチ橋が造られたのか。建設当時の資料を紐解くと、当時の設計者が大雪山国立公園の景観に配慮してアーチ構造を採用したことが記されている。

また、鉄筋を使わないコンクリート造りとなった背景も興味深い。80年以上昔とはいえ、当時すでに鉄骨あるいは鉄筋コンクリートで橋梁を建設する技術は存在したという。ただし、士幌線の敷かれる場所は北海道の、道路も通わない山中だった。資材の輸送にかかる費用は大きなものになる。そこで採用されたのが、建設現場で手に入る石や砂などを活用するコンクリート工法だった。

かつてこの場所が森の中だったことを湖底の切り株が物語る
かつてこの場所が森の中だったことを湖底の切り株が物語る @PASHADELIC press

崩落が近づく理由

ところで、同じコンセプト、同じような素材から造り出されたコンクリートアーチ橋梁群の中で、なぜタウシュベツ川橋梁だけがひときわ崩落に近づいているのだろうか。

それには毎年繰り返す水没と出現が大きく影響を与えている。

水没した状態で冬を迎えるタウシュベツ川橋梁は、1月初旬から徐々に姿を現す。糠平湖周辺は冬の最低気温が氷点下20℃を下回ることも珍しくない厳寒の土地。水面には分厚い氷が張り、1日に20〜30センチほどずつ低下する水位とともに橋の表面を削り取る。また、外気に曝されるコンクリートの内部では染み込んだ水が凍結膨張しては、気温の上昇とともに流出する。そうして、いわばスポンジの目が粗くなっていくようにしてコンクリートの劣化が進んでいく。

建設当時の設計者の感性と、資材輸送の困難さという地域性によって生み出されたコンクリートアーチ橋梁群。中でも厳寒地での水没という特殊な状況がタウシュベツ川橋梁を今の形にあらしめていることを知ると、徐々に形を失いつつある建造物の見え方も違ってくる。

崩落へと向かうタウシュベツ川橋梁は今、その土地に還りつつあるのだと。

80年前、この場所に散らばっていた石や砂を材料に造られた橋が、歳月を経て再び同じ土地に散らばっていく。自分が記録していたのはそのプロセスの一端だったのだと気づいたのは、写真を撮り始めて何年も経った後のことだった。

秋の終わりに水没するタウシュベツ川橋梁。また次の冬を待つ
秋の終わりに水没するタウシュベツ川橋梁。また次の冬を待つ @PASHADELIC press

見守り、発表し続けてきたタウシュベツ川橋梁の姿

ほんの2、3年で撮り終わるはずだった橋がなかなか崩れなかったこともあり、これまでにいくつかのご縁から撮りためた写真を発表する機会に恵まれてきた。

ひとつは写真展。2013年に個展『タウシュベツ拾遺』を富士フイルムフォトサロン東京をはじめ、大阪や札幌で開催することができた。その後も北海道内外で機会を得ては新作の展示を重ねている。

もうひとつには写真集。これまでに自費出版を含めて4冊を制作した。2015年に出版した1冊目の写真集『タウシュベツ拾遺』は、クラウドファンディングで多くの方々からご支援を頂いて作ったもので、のちに北海道新聞社から刊行された写真集『タウシュベツ川橋梁』(2018年)の土台ともなっている。

氷に覆われた糠平湖で徐々に姿を見せ始めるタウシュベツ川橋梁
氷に覆われた糠平湖で徐々に姿を見せ始めるタウシュベツ川橋梁 @PASHADELIC press

クラウドファンディングで橋への思いを共有

訪れる人もまばらだった10数年前のタウシュベツ川橋梁を知っている者として、今でも信じられないような気持ちになるのは、タウシュベツ川橋梁の写真集を制作するのに当たって、驚くほど多くの方々がクラウドファンディングで支援を申し出てくれることだ。

2019年12月に刊行した新作写真集『裏タウシュベツ拾遺』も、クラウドファンディングでの支援がなければ制作できなかったと思う。絶景とは一線を画す「マニアックなタウシュベツ川橋梁」の写真を収録する、と立ち上げたプロジェクトに200人ほどのみなさんから支援が集まり、結果として100点近い写真を収録する本に仕上げることができた。

水没している状態や、氷の下から現れる直前のタウシュベツ川橋梁など、ドローンによる空撮写真も採り入れた本書は600冊の限定制作のため取り扱い箇所が限られる。タウシュベツ川橋梁にほど近い北海道ぬかびら源泉郷の「ひがし大雪自然ガイドセンター」と「ぬかびら源泉郷郵便局内無人販売所」、そしてネットショップでの販売で、現在の在庫分が売り切れ次第販売終了となる。

写真集「裏タウシュベツ拾遺」

判型:A4変型・ソフトカバー・118ページ
ネットショップ価格:4,000円(税・送料込み、オリジナルクリアファイル付)
ネットショップ:https://ryz.thebase.in/

実際に橋を見てみたい、という方は……

さて、実物のタウシュベツ川橋梁を訪れる場合、その方法は夏と冬とで大きく異なる。夏は橋の間近まで車で近づくことができるが、その際、徒歩も含めて通行が規制されている林道を通るため、事前にぬかびら源泉郷から25キロほど離れた十勝西部森林管理署東大雪支署に申請が必要だ。周辺はヒグマの生息地とも重なる。大きな事故が起きるとタウシュベツ川橋梁の取り壊しにもつながりかねないので、通行には細心の注意を払いたい。

冬には積雪のために林道が通行止めとなるので、凍結した糠平湖上を横断して橋まで向かう。ぬかびら源泉郷から、ワカサギ釣りのポイントとしても知られる五の沢まで車で10分弱、そこからさらに片道2キロを歩くことおよそ1時間の道のりだ。湖に張った氷には、ところどころに湖底から湧くメタンガスで出来た「ガス穴」が開いている。大きなものは人が落ちるほどのサイズになり、毎シーズン落水する人がいるので気をつけたい。

夏・冬ともに、タウシュベツ川橋梁に初めて訪れる場合には、地元ひがし大雪自然ガイドセンターが催行するツアーに参加するのが確実だ。冬であればスノーシューレンタルも含まれており、橋が見えている期間はガイドによる案内を受けながら橋の間近まで行くことができる。 定員があり完全予約制となっているので、予定が決まったら早めに押さえておきたい。

ひがし大雪自然ガイドセンター
http://www.guidecentre.jp/
※新型コロナウイルス感染拡大防止のため、情報の内容が変更になっている可能性があります。最新情報はガイドセンターにご確認ください。

PASHADELICユーザーの「タウシュベツ川橋梁」投稿作品を見る

掲載元:PASHADELIC、タウシュベツ川橋梁 間近で撮り続けてきた写真家の思い

PROFILE

岩崎量示

岩崎量示

岩崎量示

1979年埼玉県生まれ、立教大学経済学部経営学科卒業。北海道好きが高じて2005年に移り住む。最初に暮らした糠平(現ぬかびら源泉郷)にあったのがタウシュベツ川橋梁。その崩落していく様子を記録するために写真を撮り始める。個展として2013年に『タウシュベツ拾遺』(富士フイルムフォトサロン東京・大阪・札幌)、2018年に『華氏0度』(富士フイルムフォトサロン東京)を開催。写真集には『タウシュベツ拾遺』(2015)、『80年目のアーチ橋』(2016)、『タウシュベツ川橋梁』(2018、北海道新聞社)がある。最新刊『裏タウシュベツ拾遺』を2019年12月20日に刊行。

MEDIA

PASHADELIC

PASHADELIC

PASHADELICとは、“写真ライフをもっと楽しく“をミッションにした、絶景写真を撮影するためのコミュニケーションプラットフォームです。世界中のフォトグラファーと美しい風景写真を共有し、撮影の奥深さや楽しさを発信し続けています。