トレンドの呪縛にとらわれない、
東京ミッドタウン日比谷の「食」戦略

vol.20

東京ミッドタウン日比谷にみる、商業施設の枠を超えた、これからの「食」のあり方

Photographs by Kazuma Hata

Text by Ryo Inao

2018年の3月、東京・日比谷に新たに「東京ミッドタウン日比谷」が開業。ここ数年で多くの大型商業施設がオープンしている昨今、各デベロッパーが独自の戦略によって集客を図っています。

「食」への斬新なアプローチによって、これまでにないかたちで施設を盛り上げようとする東京ミッドタウン日比谷。

「食」の未来を発信する『料理通信』の企画で、飲食店の誘致を担当した三井不動産の村田麻未さんと、出店する人気レストラン「Värmen」のオーナーシェフ・掛川哲司さんに、これからの商業施設における「食」のあり方について改めて考えていただきました。


商業施設と「食」のシナジー

須賀智子(『料理通信』/以下、須賀):3月末に東京ミッドタウン日比谷がオープンしました。普段から取材させていただいている方々が出店している施設なので、『料理通信』としても注目しています。今日は改めて東京ミッドタウン日比谷を舞台に、商業施設における「食」のあり方を示唆するようなお話を展開していきたいと思います。

村田麻未(三井不動産 商業施設本部 商業施設営業一部 営業グループ/以下、村田):私は三井不動産で商業施設の企画から、統括などを担う商業施設本部におりまして、そのなかでも飲食店のテナントさん誘致を専門に担当しています。

東京ミッドタウン日比谷は商業施設とオフィスによって構成されていて、商業施設は地下1階から7階までありますが、テナントさんの半数以上が飲食店です。これは業界的な最近の傾向であり、それだけ「食」へのニーズが高まってきていると感じています。

東京ミッドタウン日比谷は商業施設とオフィスによって構成されていて、商業施設は地下1階から7階までありますが、テナントさんの半数以上が飲食店です。これは業界的な最近の傾向であり、それだけ「食」へのニーズが高まってきていると感じています。
東京ミッドタウン日比谷は商業施設とオフィスによって構成されていて、商業施設は地下1階から7階までありますが、テナントさんの半数以上が飲食店です。これは業界的な最近の傾向であり、それだけ「食」へのニーズが高まってきていると感じています。

初日は開業前から長蛇の列でたくさんのお客さまに来館いただき、2カ月間で来場者数400万人以上と非常に好調な状況です。隣の東京宝塚劇場さんと地下で直結している設計や、銀座・有楽町からの強固な導線も順調なスタートが切れている要因と考えています。

須賀:掛川さんについては、私から簡単にご紹介させていただきます。これまで著名なフレンチレストランやカフェでシェフを務められ、2012年12月に代官山に「Äta(アタ)」という魚介中心のビストロをオープンされました。比較的肉料理が時流であった当時に、あえて魚に挑戦をしたお店ということで、『料理通信』でも取り上げさせていただきました。

料理通信

「Äta」の予約が困難なほど大人気店になった昨年には、恵比寿にカレー店「GOOD LUCK CURRY(グッドラックカリー)」をオープンするなど、さまざまな飲食店のプロデュースを手がけられています。

掛川哲司(「Äta」、「Värmen」オーナーシェフ/以下、掛川):天の邪鬼なので肉が流行っているなら、魚をやろうと思ったんです(笑)。

村田麻未さん、掛川哲司さん、須賀智子

須賀:そんな性格が仕事にいかに作用しているかもこの後のお話に出てきそうですね。まず、おふたりの出会いを聞かせてください。

出店の決め手は「人」

村田:東京ミッドタウン日比谷のコンセプトは「プレミアムタイム日比谷」。これはターゲットを年齢層ではなく、「本質的なよさを知る人物像=本物を知る大人」、つまり「マインド成熟層」と呼ばれる層にリーチするように仕掛けました。

そのため、「商業施設の飲食店」という概念を切り捨てて、ターゲットや自分たちが行きたくなるようなお店にアプローチしようと動き始めました。「Äta」さんに関しては以前に伺ったことがあり、素敵なお店なのでぜひ出店していただきたいと思っていました。掛川さんのお店に限らず、これまで商業施設には出店しないと思われていたお店にも、今回はお声がけさせていただきました。

村田麻未さん

掛川:「本当につくりたいものつくる」という想いをベースに誘致を進めたんですね。

須賀:実際にアプローチからオープンまでどのくらいの期間がかかっているんんですか?

村田:4年前くらいから出店候補を考えはじめ、3年ほど前にはお声掛けさせていただいています。

掛川:僕も初めてお誘いいただいたのは3、4年前でしたね。そのころは「Äta」が好調で、業界内で少しずつ認知が上がっていたタイミングでした。そこから3年後の出店と聞いて、少し戸惑いはありました。

村田:実際にお店の代表の方とお会いして、目指している方向性など含めて数年後の出店にピークを持っていけるか判断させていただいています。

須賀:掛川シェフに出店の決め手を伺ったところ、最終的には「人です」とおっしゃっていましたね。

掛川:まず、嫌な人と仕事したくないですよね。何よりも「他にないものをつくろう」という意気込みを村田さんたち三井不動産の方々から感じました。

「掛川哲司さん

須賀:われわれのような食のメディアは、個店を取り上げる機会が多く、商業施設内の一店舗にクローズアップすることはほとんどありませんでした。料理人さんの人柄や、お店の目指すものなどを重視して誘致が推進された東京ミッドタウン日比谷は、われわれの商業施設における「食」への見方を大きく変えました。

掛川:当初は商業施設への出店にあまりいい印象を持っていませんでした。というのも、自分たちの力で思いどおりにお店を運営することが難しくなってしまうと思っていたんです。しかし、実際に出店してみて、それは誤った考え方だったと気づきました。村田さんをはじめ三井不動産の方々は、僕らの表現したいことを理解して多くを受け入れてくださいました。それがなければ、出店していませんでしたね。

村田:個人的には出店者の方々の希望は100パーセント反映したかったのですが、さまざまな事情から対応できなかったこともあります。「Värmen(ヴァーマン)」の入り口に関しては、社内でかなりもめました。回遊性を考慮して、入り口は館内側をメインにしていただくのが通常なのですが、掛川シェフの案は「Värmen」の世界観や個性を保つためにもあえて外に入り口を設けるということでした。議論の結果、なんとか掛川シェフが希望されていたテラス側に入り口をつくることができました。

商業施設ならではの店舗づくり

須賀:こだわってでき上がった「Värmen」のコンセプトを教えていただけますか?

掛川:「縦長の店舗をいかにお客さまに楽しんでいただけるか」です。

村田:ふらっと来店して店頭の魚介料理が並ぶローバーでスタンディングのままパッと食べることもできれば、テラスや店内の奥でゆっくり腰を落ち着けて食事もできますし、お会計もSuicaなどの電子マネーでピッと簡単です。だから回転が早く、予約せずとも待ちなく飲食ができるので、「ここに来ればとりあえず大丈夫」といった感じでいらっしゃるお客様が、それぞれのお店の楽しみ方を見つけてくださっています。

varmen

掛川:出店するのであれば、個店ではできないことに挑戦したいと思いました。ローバーに並ぶタパスやピンチョスは乾燥しやすいため、個店で提供するのはなかなか難しい。終日多くの人の流れがある商業施設だからこそできる、強みを活かしたスタイルです。

須賀:行ってみないとわかりにくいと思いますが、「Värmen」は都内でもなかなか目にすることのない仕組みとビジュアルのお店です。

「トレンドの呪縛」からの脱却

須賀:以前、村田さんが店舗誘致についてお話されていた際に印象に残ったのは「トレンドの呪縛」という言葉でした。「流行という外部要因に左右されないような真価を見据えながら、時代に合わせて柔軟に変化をすることでお客さまに魅力的な食を発信していきたい」とおっしゃっていましたね。

村田:オープン後の取材でよくテーマやトレンドの読み方について質問されます。でも正直なところ、そこはあまり深く追求していません。「本質的によいもの」とはトレンドに左右されないものであるはずです。いろいろな商業施設の運営に関わってきた経験のなかで、ときにはどうしてもトレンドを追わなければいけないこともあります。

それでも追求しすぎるとうまくいきませんし、同時にテナントさんを疲弊させてしまうことにもつながります。だから、東京ミッドタウン日比谷ではトレンドに縛られない誘致をかなり意識し、掛川シェフのように「この方ならいつの時代にも合ったものをつくっていただける」と思った店舗さんにお越しいただきました。

村田麻未さんと掛川哲司さん

掛川:もちろん、お店をつくるうえでトレンドも大事にしています。もともとある文化に流行を盛り込むことで、お店として新たなトレンドを発信する立場になることもできますので。

村田:そうですね。だから、私たち施設の運営側はテナントさんの発信をサポートする役割も担っています。

日本ワインを広くPRするチャンス

須賀:「Värmen」は新潟の有名な「カーブドッチワイナリー」とコラボし、その旗艦店としての役割も果たしているそうですね。

掛川:僕とカーブドッチワイナリーのつながりは、ズバリ「親子関係」です。実は母親が始めたワイナリーで、いま弟が切り盛りしています。

新潟の「カーブドッチワイナリー」。右上の男性は醸造家として働く掛川さんの弟さん
新潟の「カーブドッチワイナリー」。右上の男性は醸造家として働く掛川さんの弟さん

東京ミッドタウン日比谷にお店を出すうえで果たさなければならない使命として、日本のワインを多くの方々にお届けするということがあります。日本のワインのつくり手は300人ほどいますが、彼らをお店に巻き込み、商業施設の力を活用して広くPRしていきたいです。

須賀:各ワイナリーの生産量が少ないことで、日本ワインは希少になりがちです。これまで限られたお店だけで楽しむ傾向がありましたが、幅広い層のたくさんのお客さまが集まる東京ミッドタウン日比谷を起点に、日本のワインをお届けできるのは大きなインパクトだと感じています。

日比谷というロケーションの特殊性

須賀:では、「土地柄の特殊性」へと話題を移していこうと思います。日比谷とはどんな土地なのでしょうか?

村田:3年前の銀座では、ふたつの大きな商業施設の開業が控えていました。ひとつは「東急プラザ銀座」さん、もうひとつが「GINZA SIX」さんです。先行していたふたつの施設への出店を決めていたお店から、東京ミッドタウン日比谷への出店を断られてしまうことも多々ありました。でも逆に、他ではなくて日比谷への出店にこそ興味を持ってくださったお店もありました。

たくさんの人が訪れるけど飽和状態にある銀座ではなく、皇居と日比谷公園の緑や、高級ホテル、劇場が並ぶ落ち着いた雰囲気の日比谷というロケーションは、お店づくりに強いこだわりを持つ方々には大きな魅力となったと思います。銀座の競合店オープンは向かい風かと思いきや、追い風と感じる瞬間がたくさんありました。

また朝から晩まで人通りが多く、施設内にシネコンもあるので、立地を活かした商業施設ならではの安定した集客力をテナントさんに実感していただけていると考えています。

須賀:掛川さんはいかがですか? お店を出されている代官山や恵比寿とは、マーケティングやブランディング的観点でも大きく異なると思うのですが。

掛川:いちばんの強みは緑の景観を眺望できるリゾート感だと思います。

村田:そこには自信を持っています。

須賀:お店に座って視線を外に向けると、緑が視界に飛び込んできますよね。

村田:飲食店さんの配置を日比谷公園側に固め、多くの店舗でテラス席を設けているのもポイントです。

須賀:掛川さんは、個店とは違った客層のお客さまに接してきて、どう感じていますか?

掛川:まだ3カ月と日が浅いので探り探りやっていますが、ようやく商業施設と個店の違いが少しずつ見えてくる時期に入りました。

掛川哲司さんと

独自性ある個店の力

村田:東京ミッドタウン日比谷の独自性を語るうえで、象徴的な要素のひとつが3階にある「STAR BAR(スタア・バー)」です。もともと銀座にある老舗のバーで、オーナーの岸久さんは日本バーテンダー協会会長を務めるなど、業界では非常に有名な方です。

細長過ぎて飲食店を誘致することが難しい区画が3階にあり、スペースと周囲のお店とのシナジーを考えるとバーがよいと決まりました。「どうせお願いするのなら、臆せず一流店を」ということで「STAR BAR」さんにお声掛けし、出店いただけることになりました。

2メートルのカウンターだけのシンプルな構造ですが、すごく格好いいんです。バーなので昼間は稼働せず、午後4時の開店です。商業施設にオーセンティックなバーがあることってなかなか珍しいですよね。

これまでにない出店でしたので、お客さまに入っていただけるか心配でしたが、ふたを開けてみると大盛況。映画までの隙間にふらっと立ち寄る方や、お食事の前後に一杯飲みに来る方などさまざまです。なかでも印象的だったのが、30代の女性がバーテンダーさんと嬉しそうにお話をしながらお酒を楽しんでいた光景でした。「こんなドラマチックな光景を、商業施設で実現させることができるんだ」と自分の仕事に誇りを持てた瞬間でもありましたね。

掛川:銀座の「STAR BAR」よりはいい意味で敷居が低く、入りやすいですよね。

村田:そうですね。そもそも銀座のお店を知らない方の来店が多い印象です。銀座の老舗バーに女性がひとりで行くってハードルが高いですが、東京ミッドタウン日比谷の「STAR BAR」を入り口にして、本格的なバーの楽しみ方を多くの方に知っていただけたらいいですね。

タジリケイスケ(「H」編集長/以下、タジリ):僕の個人的な印象では、商業施設の飲食店は上層階に集約されていることが多いですが、東京ミッドタウン日比谷ではわりと低層階に集中していますよね。

村田:これまで、お客さまが目的意識を持って来店する飲食店はあえて上階に置くことで、全館の回遊率を高めるのが業界の定石でした。ですが、東京ミッドタウン日比谷では「食」に重きをおいているので、アクセスしやすい低層階に物販と同じ割合で飲食店を配置することで、双方を気軽に行き来しながら回遊していただくことができています。

商業施設のその先へ

須賀:東京ミッドタウン日比谷を見ていると、「商業施設」という漢字四文字の言葉がもはや適切ではないのかもしれないという印象を受けています。多様なライフスタイルを持つ都心在住者のニーズに柔軟に応える施設になっていますよね。

村田:誘致のお声掛けをする際、われわれは「商業施設への出店」ではなく、「日比谷の街に出店いただく」という心持ちでいます。皆さまのおかげで、既成概念にとらわれることのない施設の実現がうまくできました。

掛川哲司さん

掛川:商業施設と百貨店の違いはいままでわかりにくく、どれも同じような印象を受けていました。でも、この東京ミッドタウン日比谷は長屋のような雰囲気で、独特な存在ですよね。

村田:「人」を重視して誘致を進めたからでしょうか、テナントさん同士の仲がとてもいいです。同じフロアの店舗さん同士でまかないの交換をなさっていたり、テナントさんの一体感を感じます。

村田麻未さん

掛川:交流がだんだん深まって、店舗同士が自発的にイベントを企画したりする動きが出てくるとおもしろいですよね。やはり路面店としてやっていくのは大変です。切磋琢磨し合える同業者は非常に心強いですから、仲間ができるのは東京ミッドタウン日比谷に出店する大きなメリットだと言えますね。

須賀:商業施設は土日が勝負どころだと思いますが、営業日なども各店舗の指針に従って、柔軟に対応しているそうですね。

村田:3階の「SALONE TOKYO(サローネ トウキョウ)」さんは、日曜日と各週の月曜日が定休日です。こうした体制によって、優秀なスタッフを雇用するというお店の方針があります。日曜定休は商業施設ではありえないことですので、社内でも議論を呼びました。それでも、本物の技術やこだわりを大切にしている出店者の方々を、施設として可能な限りサポートしたいという共通認識があったからこそ、社内でコンセンサスを取ることができました。

編注)2018年9月1日より、「SALONE TOKYO」は、定休日であった「日曜日・各週月曜日」も営業しています。
編注)2018年9月1日より、「SALONE TOKYO」は、定休日であった「日曜日・各週月曜日」も営業しています。

1階の「Buvette(ブヴェット)」というカフェレストランは、ニューヨークのウェストビレッジからの出店です。現地の本店は非常にこぢんまりとしたお店なのですが、東京ミッドタウン日比谷では非常に大きなスペースです。シチュエーションがニューヨークのお店とあまりにも異なっていたので、本来のよさを出すため、お店の意向は極力反映させていただきました。

BUVETTE

タジリ:商業施設の今後の課題は感じられていますか?

村田:「モノ」から「コト」へと消費の流れが傾いている現代では、施設で過ごす時間そのものを楽しんでいただくことを、これまで以上に重視するべきだと思っています。東京ミッドタウン日比谷では、緑の多い周囲環境の借景とオリジナリティあふれるレストランとの新たなシナジーによって、これからの商業施設のひとつの姿を示すことができたのではないでしょうか。

掛川:SNSによって個人の発信力が高まったいま、商業施設が個人にはできない情報発信をすることが重要だと思います。個店の情報発信力も個人と変わりません。それぞれの個性を尊重し、一緒に新しい価値を世の中に発信していく東京ミッドタウン日比谷の姿勢は素晴らしいです。

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